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東京高等裁判所 昭和47年(う)1801号 判決 1973年1月31日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役二年に処する。

原審における未決勾留日数中四三〇日を右刑に算入する。

押収してある包丁二丁を没収する。

原審における訴訟費用中昭和四六年二月一日証人ヒンズ・ダビデ、同畠山玲子に、同年六月一五日証人晴山清次郎に各支給した分を除くその余の全部ならびに当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人山根伸右、同玉城健二の提出にかかる各控訴趣意書ならびに被告人の提出にかかる控訴理由書に記載されているとおりであるから、これらを引用し、これに対し当裁判所は次のとおり判断する。

弁護人玉城健二の控訴趣意第二点中訴訟手続の法令違反ないし審理不尽の主張について。

所論の要旨は、原審は、昭和四六年一月一三日付決定をもって、東京タワー特別展望台の検証ならびに検証現場における大原光也、畠山玲子、ヒンズ・ダビデの証人尋問を決定しておきながら、同月二五日付日本電波塔株式会社取締役社長大友六郎作成名義の、愛宕警察署などの情報によると不測の事態が生じる可能性や一般客が紛争にまきこまれる恐れがあるから検証ならびに現場における証人尋問を中止されたいとの上申書をうけるや、ただちに、これを取り消したのである。しかしながら、本件は、原判示特別展望台の検証により、その広さ、構造等を把握しなければ、原判決が認定したような、当時同展望台にいた全員に対し被告人が兇器を示して脅迫したといえる状況か否かを判断することができないのにもかかわらず、正当な理由もないのにこれを取り消し、検証をしないまま判決をした原審の措置には訴訟手続の法令違反ないし審理不尽の違法があるというのである。

そこで記録を調査して検討すると、原審が一旦採用決定をした検証ならびに検証現場における証人尋問を取り消した経緯については所論指摘のとおりの事実が認められるとはいえ、原審は、検証現場における尋問にかえて原審公判廷において、証人畠山玲子、同ヒンズ・ダビデに特別展望台の略図を書かせ各関係位置を明らかにしながら尋問を行なうとともに、第八回公判廷において司法警察員作成の実況見分調書の取調を行なった事実を認めることができ、右実況見分調書の取調および各証人尋問によって、特別展望台の広さ、構造等はもとより、各関係者の位置も十分に把握できるのであるから、原審のとった右措置は特別展望台の検証や検証現場における証人尋問にかえこれと同様の目的を達するに十分であって、原審の措置に訴訟手続の法令違反ないし審理不尽の違法を見出すことはできない。論旨は理由がない。

弁護人山根伸右の控訴趣意第一点中三の主張について。

所論は、原審は法令に違反して第八回公判廷における証人高松圀雄、同八木英雄に対する反対尋問権を奪ったものであり、その訴訟手続の法令違反は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄を免れないというのである。

そこで記録を調査して検討すると、原審第八回公判調書によれば、証人八木英雄に対する弁護人の反対尋問に続いて被告人の反対尋問が行なわれていた際、原審裁判所は、被告人の発問を、反対尋問の範囲を超え不適当であるとして禁止し被告人に着席を命じたが被告人がこれに従わなかったため、さらに退廷を命じたところ、富永主任弁護人から右措置に対し異議の申立がなされ、これに対する棄却決定が出されるや、同主任弁護人は、「被告人のいないところでの審理に立ち会うことはできない。反対尋問権を留保したうえで退廷する。」と告げ、原審裁判所からの「退廷を認めない。弁護権を抛棄するなら反対尋問は許さない。」との注意も聴きいれず、同主任弁護人はじめ全弁護人が退廷するに至った結果、証人八木英雄に対する反対尋問はその場で打ち切られ、ついで、被告人および弁護人不在のまま証人高松圀雄に対する検察官からの主尋問、原審裁判所の補充尋問が行なわれ、同証人に対する尋問を終了したことが認められるのであって、以上の経過に徴すれば、原審裁判所の被告人に対する退廷命令にはなんら違法のかどが存しないのにもかかわらず、原審弁護人らは、弁護人たる地位およびその職責から当然課せられる在廷義務に違反して退廷したものというほかないのである。そこで、このような事情から発生した弁護人不在の法廷において実質審理が可能か否かについて考察すると、法は、死刑又は無期若しくは長期三年をこえる懲役若しくは禁錮にあたる事件を審理する場合には弁護人がなければ開廷することができない旨規定し、右以外の事件の審理については、弁護人の出席を開廷要件とはしていないのである。もとより、被告人によって選任された弁護人があるのに該弁護人が公判期日に出頭しないまま審理がすすめられるということは法の予想しないところであり、それ自体、被告人の防禦権に対する障害を招くおそれがないとはいえないが、一面、迅速な裁判は裁判所に課せられた一大責務であって、これが当事者の恣意によって妨げられることがあってはならないこともまた明らかなところである。してみれば、このような必要的弁護事件以外の事件の審理にあたっては、弁護人不出頭の理由、審理の内容等諸般の事情を考慮して、弁護人の立会がなければ著しく被告人の権利を侵害するものと認められる場合でない限り、審理をすすめることはさしつかえないものというべきである。今これを本件についてみると、被告人および弁護人が退廷するに至った事情は前記のとおりであり、しかも原審各弁護人は、当日証人八木英雄に対する尋問に引き続いて証人高松圀雄に対する尋問が行なわれることを知りながら、原審裁判所の注意にもかかわらず、自ら裁判所の許可なく退廷したものであって、これがために反対尋問を行ない得なかったとしても、これは弁護人が自ら反対尋問権を抛棄したものというほかないのである。さらに本件審理の経過から明らかなとおり、証人八木英雄に対する尋問は、実況見分調書の作成者として同調書の作成の真正を立証するにとどまるものであり、しかも検察官の主尋問ののち、弁護人も十分に反対尋問をしつくしていること、一方証人高松圀雄もまた本件犯行の直接の被害者とかあるいは当初からの目撃者というものではなく、被告人の逮捕に向かった警察官として、同証人が特別展望台に赴いたのちの被告人の犯行状況を立証しようとする証人に過ぎず、しかもこれまでにすでに被害者畠山玲子、同ヒンズ・ダビデに対する証人尋問が終っていることに徴すれば、証人八木英雄に対する反対尋問権が奪われたという事実のないことはもちろん、証人高松圀雄の尋問に際し、弁護人の立会がなければ著しく被告人の権利を侵害する状況にあったものとも認められないから、原審の右措置はなんら訴訟手続の法令違反に該当するものではない。論旨は理由がない。

弁護人山根伸右の控訴趣意第一点中、一、二、四の各主張について。

所論の要旨は、原審弁護人は、被告人の本件行為が正当行為ないし正当防衛行為であり、また責任阻却事由をも具備する旨主張したのであるから、原審は被告人の本件行動が何故になされまた如何なる意義をもっているかについて十分な審理を尽すべきであるのに、この点についてなんら審理することなく、その予断と偏見とによって安易にこれを採用しない旨判示したものであって、原判決には、この点において審理不尽の違法を犯しその結果被告人の本件行動に対する評価を誤り無罪であるべき被告人を有罪とした違法があるというのである。

そこで、記録を調査して検討すると、原審は、第一〇回公判期日前に特別弁護人古波津英興の選任を許可したうえ、同公判期日において、被告人ならびに各弁護人からの冒頭陳述を聴取し、以後右所論にそう趣旨の証人として弁護人から申請のあった三十名の証人のうち七名の取調を済ませたのみならず、二回にわたり被告人の供述を求め、さらに第一七回公判期日においては新たに特別弁護人仲吉良新、同新里金福の選任を許可し、これら特別弁護人を含む全弁護人の弁論を聴取していることが認められるのであって、右事実関係に徴すれば、所論指摘のような審理不尽の違法があるとはとうてい認められない。

つぎに、被告人の所為が、はたして、正当行為として違法性阻却ないし責任阻却事由を具備する場合に該るか否かについて検討を加える。記録ならびに当審における事実取調の結果によれば、被告人は昭和五年三月一日沖繩県国頭郡本部町に生れ、以来昭和三〇年三月まで沖繩で生活を続けていたが、この間被告人は旧日本軍人や米占領軍の沖繩人に対する虐待や差別待遇をつぶさに目撃し、日本人やアメリカ人に対し極度の反感を抱くとともに、昭和三〇年三月沖繩を脱出して九州へ上陸してからも自分の故郷である沖繩の問題にいたく関心を寄せ、昭和四五年五月二五日上京以来、特に同年六月下旬以降は、広く一般人に対して沖繩における戦中戦後の悲惨な実情を知らせるとともに、自己の信条を世に問うため、「平和は我が家から」、「日本人よ君たちは沖繩の事に口を出すな」、「アメリカは沖繩よりゴーホーム」等と記載したゼッケンを身につけ、国電内や国鉄駅等において訴え続けた。しかし、被告人のこのような訴えに対する一般世人の反応が少なかったため、被告人は、このうえは日本人やアメリカ人を人質として人目につく東京タワーに立てこもり、人質を取引の具として、総理大臣、その他政府関係者に訴えようとして、原判示どおりの犯行に出たものであることをうかがい知ることができるのであるが、このような被告人の行為が現行法の規定する正当防衛行為に当らないことは異論のないところである。さらに、いわゆる超法規的、違法阻却ないし責任阻却事由を認める立場に立つとしても、それは動機ないし目的の正当性のみならず、手段の相当性、法益の均衡性、補充性が要求されることはもとより、それが社会全体の理念に適合し、法律全体の精神にも反しないと考えられる場合にのみ、極めて例外的に是認されるにすぎないと解すべきところ、これを本件についてみると、すでに認定したとおり、被告人の本件犯行に及んだ動機、目的が私欲に基づく犯行ではないという限度においてやや恕すべきものがあるとはいえ、被告人の行為は、被告人の思想、信条の表明を妨害しようとする者に向けられた行為ではないことはもとより、むしろ平穏な生活を享受している一般市民に向けられた犯罪行為であって、手段の相当性、法益の均衡性、補充性の如何なる点からも社会的に正当な行為として是認される余地はなく、現行法秩序に照らし刑責を免れることはできないものというべきである。したがって、論旨は理由がない。

被告人の控訴趣意について。

所論は要するに、被告人の行為が正当行為である旨の主張に帰するが、右論旨の理由がないことは、さきに山根弁護人の同趣旨の所論について説示したとおりである。

弁護人山根伸右の控訴趣意第二点中五の主張ならびに弁護人玉城健二の控訴趣意第一点および第二点中事実誤認の主張について。

所論は、原判決には判示第一の事実について事実を誤認した違法がある旨の主張であって、その要旨は、被告人の特別展望台における行動は、その動機、目的からして他人の生命、身体に害悪を加える意図から出たものではなく、またその行為の態様からしても脅迫罪に該るものではない。仮に被告人の行為が脅迫罪に該る場合があるとしても、被告人は当時特別展望台にいた原判示の二十一名全員を脅迫する意思はなかったものであり、このことは被告人の逮捕に向かった高松圀雄らが特別展望台に赴いたとき、同所には畠山玲子、ヒンズ・ダビデ、晴山清次郎の外、同展望台の便所にかくれていた約十名しかいなかったことからも、他の者は自ら勝手に同展望台からおりたか、または被告人がこれをおろしたものというほかないのであって、少なくともこれらの者に対しては脅迫の意思がなく脅迫罪が成立しないことは明らかといわなければならない。さらに、特別展望台は収容定員七五名の広さを有し、その中央部にはエレベーター昇降用設備があるため、これを挾んで被告人と反対の側にいた者にとっては、被告人の行動に気がつき得ない状況であるから、これらの者に対しても、被告人が兇器を示して脅迫をしたといえないこともまた明らかである。したがって、判示第一の事実について、被告人が原判示の日時場所において、畠山玲子、ヒンズ・ダビデ等少くとも二十一名に対し兇器を示して脅迫したと認定判示した原判決には事実誤認の違法がある。つぎに、原判決は、被告人が特別展望台において、原判示の二十一名に対し「静かにしろ」と申し向け、その直後ヒンズ・ダビデに対し包丁を同人の首付近に押し当てた旨判示するが、被告人がヒンズ・ダビデの首付近に包丁を押し当てたのは、「静かにしろ」といってからかなりの時間を経過し、警察官らが同展望台に上ってきてからのことであって、この点においても事実の誤認がある、というのである。

そこでまず、被告人の行為が暴力行為等処罰ニ関スル法律第一条に規定する兇器を示しての脅迫、とりわけ原判示のように少くとも二十一名に対する脅迫に該るか否かについて検討する。そもそも、脅迫罪の犯意は、一般的にみて人をして畏怖の念を生じさせるに足りる害悪であることを認識しながらこれを相手方に加えるべきことを通告することによって成立し、それ以上に相手方に真実害を加える意思あるいは相手方を畏怖させようとする意思の存在を必要とするものではない。今これを本件についてみると、証人ヒンズ・ダビデ、同畠山玲子、同高松圀雄の原審公判廷における各証言、被告人の司法警察員に対する各供述調書、実況見分調書によれば、被告人は、特別展望台のカウンター付近において「静かにしろ」と大声で叫び、自分の持っていたバックの中から原判示の包丁二丁を取り出し両手に一本づつ持ったこと、そのあとすぐ被告人はエレベーターの入口付近に近づき、手にしていたバックには爆発物が入っているかのように装いながら警官をよんだら爆発させるぞとか、指示どおりにしなければ爆発させるぞなどと叫んだこと、被告人が右のような所為に出たころ、特別展望台には、原判示の畠山玲子、ヒンズ・ダビデ等二十二、三名の人がいたが、特別展望台からの一般観客の降り口はエレベーターの入口一ヶ所だけで被告人の目をのがれて降り得る状況にはなかったこと、被告人の右所為を目撃したこれら観客は一様に畏怖の念を抱いていたことを認めることができ、右事実関係に徴すれば、当時特別展望台に居合わせた観客はすべて被告人の行動を見たりあるいは聞いたりし得る状況にあったうえに、被告人が当初二本の包丁を手にし、静かにしろとかあるいはバックの中の爆発物を爆発させるぞ等と叫んだ所為は、当時特別展望台に居合わせた全員に対して向けられたものであり、しかも、被告人の右所為は一般的にみて人をして畏怖の念を生じさせるに足りる害悪を相手方に加えるべきことを通告した所為というほかないから、被告人の原判示所為はまさに当時特別展望台に居合わせた者全員に対する脅迫行為と認定するに十分といわなければならない。もっとも被告人が本件行動に出た直接の目的が日本人やアメリカ人を人質として沖繩の実情や被告人の主張を喧伝し、さらには人質を取引の具として、総理大臣、その他政府関係者に訴えようとすることにあったと認められ、その意味において、これら観客等に対し真実害を加えようとかあるいは畏怖させようとの意思を有していなかったものであることは、被告人のその後の行動、すなわち畠山玲子が保安課と電話連絡をした際にも被告人はなんらこれに干渉していないこと、被告人はヒンズ・ダビデ、畠山玲子、晴山清次郎および便所にかくれていた約十名の観客以外の者が特別展望台から降りるについても、なんの妨害もしなかったこと等に照らしても明らかであるとはいえ、このことはさきに説示したとおり、脅迫罪の成立には相手方に真実害を加える意思、あるいは相手方を真実畏怖させようとする意思の存在を必要としない以上、前記認定をなんら左右するものではない。

つぎに、被告人がヒンズ・ダビデに対し前記包丁を同人の首付近に押し当てる行為に出た時期については、原判決挙示の各証拠ならびに当審証人大原光也の証言によれば、所論指摘のとおり、大原、山上の両巡査が特別展望台に入ったのちであって、それまでは直接ヒンズ・ダビデの首付近に包丁を押し当てる等の行為がなかったこと、しかも被告人が前記のように、当時特別展望台に居合わせた観客等に対し、「静かにしろ」と申し向けてからかなりの時間があったことも十分認め得るところである。したがって、原判決が、「静かにしろ」と申し向け、さらにその直後右ヒンズ・ダビデに対し、右包丁を同人の首付近に押し当てる等しと判示したのは、措辞妥当を欠くとはいえ、これをもって判決に影響を及ぼす事実誤認があるとはいえない。

結局、論旨はいずれも理由がない。

弁護人山根伸右の控訴趣意第二点中一ないし四の主張について。

所論の要旨は、原判決は、被告人の本件犯行の動機として、昭和四五年六月下旬のいわゆる第二次安保斗争当時の騒然たる政治デモ等に触発され、被告人の従前から抱いていた社会や政府に対する反感が爆発し本件行動に出た旨判示するが、被告人の本件行動の動機は単なる反感からでも政治デモ等に触発されたものでもなく、被告人の戦争中および戦後の体験をとおして自分を形成するに至った沖繩の問題を訴えるための行動で、昭和四五年六月下旬以前からすでに皇居前広場、国電内、国鉄駅等を歩き廻って訴え続けていたものであり、この意味において、原判決の右判示、ならびに、被告人が当法廷において主張し、あるいは当時訴えようとしたという沖繩の実情とは被告人自らの体験に根ざすものは少く、すでに当時多数の出版物等により沖繩問題として世に訴えられていたことの一部を請け売りしたものであり、その主張とは既存の政治的スローガンおよび皇室に対する卑猥な表現を含む侮辱であるにすぎないと判示する点、被告人が従来から沖繩の政治情勢を真剣に憂慮してきた立場にあったとは思わないと判示する点、さらに、被告人の行為は客観的に評価しても、沖繩の実情や政治問題を世間に知らしめ、沖繩の現実の向上発展に資するというよりは、方法が奇矯で危険であるがために世間を聳動させ、社会に対する不満の解消に資するという効果に止まるものであって、むしろ同種問題につき地道で真面目な政治運動をしている人々に対する世間の評価を誤らしめる害悪すらあるといわなければならないと判示する点は、いずれも判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認であるというのである。

しかし、刑事訴訟法第三八二条の規定する事実誤認の事実とは、罪となるべき事実、違法性、責任能力に関する事実、刑の加重減免の理由たる事実、処罰条件たる事実をさすものであって、刑の量定に関する事由はこれに該らないと解すべきところ、弁護人の主張する右事実は、原判決が量刑事情として判示したにとどまるものであって、この意味において所論はすでに失当たるを免れないが、便宜量刑に影響のある一事情としてここにその当否を判断することとする。

被告人が本件犯行に出た動機、目的についてはすでに判示したとおりであるが、被告人が訴えようとした思想、信条が如何なる過程を辿って被告人に培かわれたものかは、被告人の本件行動の動機、目的と関連する限度においてのみ裁判上意味をもつにすぎないことはいうまでもないところであり、被告人が表明しようとした思想、信条および被告人の本件行動に対する評価についても、これをうけとめる者の抱く思想、信条、生活歴、価値観等によって千差万別であって、一概に断定し得ないものであることは見易い道理であるとともに、被告人の思想、信条そのものは如何なる意味においても裁判所の判断対象となるものではない。このような観点に立って、記録ならびに当審における事実取調の結果に基づき、原判決の判示するところをみると、その判断にやや適切を欠くものがないとはいえないが、これをもって、判決に影響を及ぼすほどの量刑事情についての事実誤認があるとはいえない。論旨は理由がない。

弁護人山根伸右の控訴趣意第三点ならびに弁護人玉城健二の控訴趣意第三点について。

所論は、被告人に対する原判決の量刑不当を主張するものである。

そこで、記録を調査し当審における事実取調の結果を総合して検討すると、被告人が本件犯行に及ぶに至った動機、目的については、すでに山根弁護人の控訴趣意第一点中一、二、四の主張に対する判断の項で判示したとおり、被告人の主観においては、沖繩の第二次大戦中およびその後の悲惨な状況を広く世に訴え、沖繩の現状の改善に資することを企図して本件犯行に及んだものであり、いわゆる私利私欲のための犯行でないということは十分に首肯し得るところである。しかしながら、すでに論じたように、被告人の本件所為は、被告人の思想、信条の表明を妨害しようとする者に向けられた行為ではなく、平穏な生活を享受している一般市民に向けられた犯罪行為であり、その対象となった被害者の不安と恐怖は、被告人の意図がどのようなものであれ、極めて大きく、しかも人質を利用して目的の実現を図ろうとするこの種事犯は社会的不安を招くという点において、特定の個人に向けられた同種暴力行為事犯に比しより強い非難に値いするものといわなければならないのであって、所論指摘の被告人にとって量刑上有利な諸事情を十分に斟酌したとしても、被告人を懲役二年に処した原判決の量刑が不当に重いとは解されない。

もっとも、原審における未決勾留日数の本刑算入について考察すると、被告人は昭和四五年七月八日現行犯人として逮捕され、同月一八日勾留のまま被告人に対する本件公訴の提起がなされたものであるところ、原審は、昭和四七年五月一九日、被告人に対し懲役二年の判決を言渡すとともに、六七九日に及ぶ未決勾留日数(勾留請求の当日から原判決言渡の前日までの日数、なお公訴提起の当日から判決言渡の前日までの日数は六七一日)中三三〇日を右刑に算入したにとどまることが認められるのである。もとより、未決勾留日数の本刑への算入あるいは不算入の不当が、刑の量定に準ずるものとして刑事訴訟法第三八一条にいわゆる量刑不当に該当するものであるとはいえ、本来未決勾留日数の算入、不算入は裁判所の裁量に属するものであって、控訴審においてこれを軽々しく変更してはならないことはもちろんであるが、右の裁量については自から基準があるものというべく、事案の規模および性質、審理経過、被告人の責に帰すべき事由の有無等を勘案して、通常審理に要すると考えられる日数を除くその余の日数は本刑に算入すべく、もし右基準に照らし、その算入、不算入が著しく妥当を欠く場合には量刑不当として破棄を免れないものといわなければならない。今これを本件についてみると、原審は、昭和四五年七月一八日の公訴提起後一七回の公判期日を重ね(うち二回は変更)、昭和四七年五月一九日第一八回公判期日において判決を言渡したものであるが、被告人の生い立ち、事案の特殊性に照らし、被告人の本件所為の背景等についてまで証拠調をすることを余儀なくされ、さらに法廷の混乱等も手伝って、通常の事案に比し著しく審理が長期化したことを認めるにやぶさかでないとはいえ、本件については前述した基準に照らし、審理に必要な日数は約八ヶ月間と解し、これを超える日数を本刑に算入すべきものとするのが相当である。しかるに、原審が、前述したとおり起訴後の未決勾留日数が六七一日あるにもかかわらず、そのうち三三〇日のみを本刑に算入したにとどまったのは不当というほかなく、原判決はこの点において量刑不当として破棄を免れない。したがって、山根弁護人のこの点に関する論旨は理由があることに帰する。

よって、刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八一条により原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書により、被告事件についてさらに判決をする。

原判決の確定した事実に法令を適用すると、被告人の原判示第一の所為は各被害者に対する行為ごとに暴力行為等処罰ニ関スル法律第一条(刑法第二二二条第一項)、刑法第一〇条、第六条、昭和四七年法律第六一号による改正前の罰金等臨時措置法第三条第一項第二号に、判示第二の所為は包括して銃砲刀剣類所持等取締法第三二条第二号、第二二条に該当するところ、右第一の所為は一個の行為にして数個の罪名に触れる場合であるから刑法第五四条第一項前段、第一〇条により犯情のもっとも重いヒンズ・ダビデに対する罪の刑をもって処断することとし、以上第一、第二の罪につきそれぞれ所定刑中懲役刑を選択し、なお被告人には原判示の累犯前科があるから同法第五六条第一項、第五九条、第五七条により累犯の加重をし、以上は同法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条本文、第一〇条により重い判示第一の罪の刑に同法第四七条但書の制限に従って法定の加重をなした刑期範囲内で、被告人を懲役二年に処し、同法第二一条により原審における未決勾留日数中四三〇日を右刑に算入し、押収してある包丁二丁は、原判示第一、第二の犯罪行為を組成した物件であり、被告人以外の者に属さないから、同法第一九条第一項第一号、第二項によりこれを没収することとし、訴訟費用については刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用し、原審における訴訟費用中昭和四六年二月一日証人ヒンズ・ダビデ、同畠山玲子に、同年六月一五日証人晴山清次郎に支給した分を除くその余の全部ならびに当審における訴訟費用の全部を被告人に負担させることとする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 真野英一 判事 吉川由己夫 高木典雄)

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